1  日目. モスクワ, 中央ロシア.

コイン収集家

ヴィタリー、42歳

住んでるのはモスクワの郊外のレウトフ。コインを集めてるんだ。一番最初のコインを手に入れたのはまだ幼稚園だから5つの時さ。砂場をほじくってたら見つけたんだ。穴の空いた5ゾロチだった。たぶん誰かがキーホルダーかネックレスにしてたんじゃねえかな。

学校で妹の隣の席に座ってたやつがコインを集めてるって知ったんだ。そいつからニコライ2世の時代のコインと紙幣も手に入れた。そん時俺は思ったね。「かっこいい!」って。そんなわけでコインを集めだしたんだ。もう病気だよね。

学校はあんまり好きじゃなかったな。気に入らないことはたくさんあったけど、制服を着なくちゃいけないのは面倒だった。興味ないことも勉強しなくちゃいけないしさ。数学何て意味不明。化学、幾何学みたいな理系科目はお手上げよ。どっちかっていうと文系なんだろうな。歴史とかは面白かったな。いつも成績は4とか5だったよ。(編注:ロシアは5段階評価)

地元の専門学校で会計を勉強したんだ。周りはみんな俺が会計士になると思ってた。まあそうはならなかったわけだけど。そのあと大学で会計、監査、経済を専攻したんだ。結局卒業はしなくて、まったくなんの役にもたちゃしなかったよ。会計士としてちょっと働いたこともあるんだ。3日もたなかったけどね。積み上げられた未処理の書類の山を見てぞっとしたわけ。お手上げだって。でも今は働いときゃよかったなって思ってる。

90年代は運送屋をやってたんだ。ガゼリ(編注:ロシア製軽トラック)を持ってたから。広告打って、それを見た客からの電話で飛んでいくわけさ。食料品とか家具とかが多かったな。景気が悪くなって99年にはトラックは売っちまったよ。今は仕事もないからまともに生計も立たないね。コイン集め以外に特になにもしてないんだ。おふくろは俺の趣味については良く思ってくれてるよ。重要なのは俺が何か打ち込めることがあることだって。馬鹿やってその辺でゴロゴロしてるよりはましだろ。

コイン集めの方法はワールドカップの時に思いついたんだ。あの時モスクワは外国人であふれてたよ。6月19日だったな。メキシコが勝った日で赤の広場が緑一色に染まった。最初は普通に声をかけてみたんだ。コイン交換しないかって。いくつかコインは手に入ったんだけど、俺が言ってることをちゃんと理解してもらえたかは疑わしかった。それで思いついたんだ。紙に書いて見せればいい!って。それもいろんな言語で。紙を読んでもらって、その後どうするかは相手が決めればいい。広場にあるレーニン廟の行列に目を付けたんだ。どこに急いでるでもない外国人がこんなにたくさんいる場所なんて他にないからね。自分の紙もゆっくり目を通してくれる。

最初は高価な10ルーブル記念コインを交換してた。その後別のアイデアが浮かんだんだ。家に10キロ分くらいあるソ連時代のコインを交換したらどうかって。もしかしたらうまくいくかもしれない。さっそく家から持ってきて並べてみたんだけど、うまくいったんだなこれが。それからは毎日赤の広場に来るようにったんだ。マイナス20度の真冬も関係なかった。辛抱強く立ち続けたよ。

外国人の反応はいろいろだな。興味を持ってくれるやつらもいるけど、そうじゃないやつらもいる。そもそもなんで外国に自分とこの国の小銭を持ってくるんだって。

時々自分でもコインを買うんだ。最近1924年の銀貨を千ルーブルで手に入れたんだ。労働者とコルホーズの女性が彫ってあるやつ。

今は時代が変わっちまったけど、ソ連時代は外国に行ける人間は一握りしかいなかった。それもハンガリー、ブルガリア、ポーランド、チェコみたいな兄弟社会主義国に限定されてた。そういう国のコインは切手と交換して手に入れてたんだ。そのうちキャンディーのおまけと包み紙を集めて、それとコインを交換するようにもなった。貴重なコインを自分で見つけたことはないけど、俺のおじさんが1734年製のポルシュカ(編注:ロシア帝政時代のコイン)を見つけて俺にくれたんだ。

Ucoinっていうコイン収集のためのサイトをよく使ってるんだ。サイトに自分のコレクションと交換希望価格を載せる。希望者がいればオファーが送られてくる。後はどっか地下鉄の駅とかで待ち合わせしてコインを交換するわけさ。

ウクライナに一度行ったことがあるくらいで、旅行したことはほとんどないんだ。でもコイン収集のおかげで地理や歴史には詳しくなったな。コインっていうやつはさ、本当にいろんなものとつながってるんだよ。そのコインに何が描かれているのか見ていて全く飽きないね。動物、魚、植物、花。戦勝記念みたいな歴史的な出来事だったり、スポーツとかレースの優勝者だったり。

古いコインを見てると時々思うんだ。いったいこいつはだれのものだったんだろうって。その持ち主はどんなやつだったんだろうって。エカテリーナ2世の時の5カペイカを時々手に取ってみることがある。そうすると、コインに古い魂みたいなものが宿ってて、自分がそれに触れられたような気がするんだ。

コレクションは全部で数千枚は下らないね。196ヵ国分あるんだ。そのうち180ヵ国はまだ現存してるけど、残りの16ヵ国はもう存在してない国だな。チェコスロバキア、東ドイツ、西ドイツとか。国は無くなってもコインは残るわけさ。俺のコレクションの中で一番古いのは1707年のピョートル大帝のポルシュカだな。1725年まではコインの年号は文字で刻印されてたんだ。そういうのはスラビャンスキーって呼ばれてる。ピョートルが市民年を導入した1725年以降は数字で刻印されるようになったんだ。

アメリカの25セント硬貨はほとんど持ってるよ。あとは北マリアナ諸島のやつが揃えばコンプリート。国立公園がデザインされた25セント硬貨もあってさ。毎年5種類の硬貨が発行されるんだけど、2019年のやつがあと2枚がどうしても手に入らないんだ。まあヴィソツキーが歌ったみたいに「闇のかなたに」ってとこだろうな。

イギリスとその海外領土のコインを一番熱心に集めてるかな。マン島、ジブラルタル、ジャージー、ガーンジー、フィジーとか。やつらたくさん植民地持ってただろ?キプロスのコインはエリザベス女王、ジョージ5世と6世のやつも持ってる。でもエリザベスのやつが一番気に入ってる。仲間は「おまえエリザベスに惚れてんだろ」なんてからかうんだけど。そんなことねえよ。ただ、なんか彼女のコインが気に入ってるんだ。だって、ジョージはおっかねえ顔したハゲだしさ。エリザベスのはけっこう簡単に手に入るんだ。今でも通貨として流通してるのもあるし。

絶対に手に入らないコインもあるんだ。世界中で数枚しかない博物館級のやつさ。例えばロマノフ王朝、第四代女王のアンナの鎖柄のコインとか。こいつは1500万ルーブルは下らないな。世界中に数枚しか残ってないんだ。コインがクレジットカードみたいなもんに取って代わられることはないと思ってる。だって、みんながみんなカードを使えるわけじゃねえだろ?年金生活のじいさんばあさんが現金を手放すことはないだろうしさ。